森川 亮のプロフィール・経歴・著書

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プロフィール

名前森川 亮(もりかわ あきら)
生年月日1967年1月13日
出身地神奈川県県
学歴青山学院大学大学院国際政治経済学科

人物について

幼少期、神奈川県で出生した森川 亮氏は、母親の勧めもあり、小学校時代に合唱団に入団。その入団をきっかけにして音楽に興味をもちのめり込んでいきました。。中学生から高校生までは知人らとバンド活動に没頭。大学に入学後はプロジャズドラマーを目指すほどに。まさに音楽漬けの生活でした。

入学した筑波大学卒業後は、日本テレビ入社(放送網)。これも幼少期から関心高かった音楽というジャンルに近い仕事がしたかったからなのですが、、音楽番組制作を志望するも、夢かなわず。配属されたのはコンピューターシステムの部門でした。音楽と関わりのない部署ということで、わだかまりを持ちつつ仕事を続けたことになります。

結局入社してから半年ほどはあまり乗り気ではなかったようですね。しかしながら、一念発起。どうせやるなら真剣にやろうと心を入れ直します。所属部署であるコンピューターのことについて猛勉強をスタート。結果的に関連するいくつも資格を取得し、なんと会社内でもコンピューターに詳しい人物として認められるようになったのです。

主な経歴

1999年3月
青山学院大学大学院の国際政治経済学科修士課程(MBA)を修了。ちょうどインターネットが普及しはじめたのもこの頃です。

インターネットの知識を深めるにつれ、テレビ+ネットの融合について考えるようになります。何とかインターネットを使ったビジネスをスタートしたい。実際、これがのちの成功のきっかけとなっていたのではないでしょうか。

2000年2月
ソニーに入社。森川氏の社会人生活について、実際には一筋縄ではいきません。新しいことをスタートする際、いろいろなハードルがあるものですね。森川氏が強く思い描いていた「テレビ+ネットとの融合」は、残念ながら他のテレビマンにとっては鬱陶しい存在だったのです。それがなかなか崩せないことを痛感したこともあり、森川氏は退職。転職先に選んだのが大手ソニーでした。

この頃ソニーが考えていたのが「テレビ+インターネットそれぞれのコンテンツを結びつける」まさにこれは森川氏の理想でありました。しかしながら目標をクリアするのは簡単ではありません。どうしても会社という巨大な組織がある中で、思うように行動できなくなります。結果的に数年で退職、次の転職先に選んだのが「ハンゲーム・ジャパン株式会社」、現在のLINEだったのです。

2003年5月
ハンゲームジャパンに設立されたハンゲーム・ジャパン株式会社は、無名ベンチャー企業。ソニーとは比べ物にならない社員約30人の組織でした。当時、韓国で約1000万人のユーザーを得ていたPC向けオンラインゲームの「ハンゲーム」を、日本展開するために設立された会社でした。設立3年後に森川氏が入社した時、すでに多くのユーザーを得ていたものの、ほとんど収益化できず・・・という状況でした。

2007年10月
ハンゲーム・ジャパン代表取締役社長に就任。徐々に社内で活躍した森川氏は、元テレビマンという経歴を活かし、オンラインゲームであっても定期的なリアルタイムのイベントを開催すれば盛り上がるのではないか?と。毎週のようにリアルタイムイベントを開催。結果、その口コミが広がりイベントへの参加者は急増。大盛況となります。入社からわずか5年後に、森川氏はなんとハンゲーム・ジャパンの社長に就任します。入社当時は社員が30人ほどだった赤字起業は、たった4年の月日で日本国内のオンライン市場でトップになっていたのです。

現在では「C Channel株式会社」の代表取締役社長として活躍。常に新しいコンテンツ作成に取り組むなど精力的に活動。この後も森川氏がどんな活躍をしていくのか期待したいですね。

SNSなど