元谷 芙美子のプロフィール・経歴・著書

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プロフィール

名前元谷 芙美子(もとや ふみこ)
生年月日1947年7月8日
出身地福井県
学歴福井県立藤島高等学校、法政大学、早稲田大学

人物について

福井県福井市に生まれた元谷さんは、福井県内でも進学校として有名な藤島高等学校へ進学・卒業します。在学時は陸上部をはじめ、放送部やさまざまな部活に所属し、生徒会の会長に2回も立候補。いずれも圧倒的な票数で当選するなど、学生時代から精力的にさまざまな活動をされていました。

当時から才女であり、漠然とトップになることに心地よさを感じていたそうです。所属していた弁論部では優勝経験も持つなど、現在にいたるまでの活躍の理由がここに隠されているように感じられます。この頃の元谷さんは希望と若さあふれる年頃。思い描いた理想ももちろんあります。

将来の夢はお茶の水女子大学に進学し、学校教員になることを夢見ていたそうですが、その夢は潰えてしまいます。父親が鉛中毒によって倒れてしまい、高校卒業後は進学ではなく就職の道へ進むことになります。福井信用金庫へと就職しますが、のちにこの選択が元谷さんの運命を大きく変えることになるのです。それは元谷さんの人生に大きく関わる人物との出会いだったのです。

就職ののち、北陸に拠点を置く金融機関の労働組合の会合にて、小松信用金庫(現・北陸信用金庫)に勤務していた元谷外志雄氏と知り合います。言わずと知れた現在のアパグループ代表となる人でした。その後2人は結婚します。元谷さんが22歳の頃でした。結婚の翌年に元谷さんは福井信用金庫を退職、そして夫である外志雄氏が起業した「信金開発株式会社」(のちの「アパ株式会社」)の営業として働き始めます。

その成績は大変優秀なもので、いつの間にか成績トップになるほど。活躍と功績が認められ、その後は取締役を経て1994年にはアパホテル株式会社取締役社長へと就任します。活躍は多くの方もご存知の通り、ホテル経営のみにとどまりません。半生での不幸を話題に講演を行ったり、自身の強運をモチーフにしたストラップを販売、自社の広告塔として自ら表に立ち活動していきます。

派手な防止にミニスカートレディーススーツといった、彼女のトレードマークともいえる「正装」は、多くのメディアに取り上げられ有名社長の1人として名を連ねます。しかし決して目立ちたがりやなだけでなく、ご自身にしかできないことを突き詰めていく姿勢は素晴らしいもの。ご夫婦の手によって、ここまで大きくなったアパグループはさすがの一言です。

もともと学生時代から多くの部活に所属するなど、活動的であった元谷さん。その姿勢は年月を重ねてからも変わることはありません。メディアへの露出ももちろんですが、プライベートにおいてもまだまだ勉強を続けておられます。社長になってからも学ぶ姿勢を続け、50歳を過ぎてからも大学へ通い勉学に励むなど大変な努力家としても知られる元谷さん。今後の活躍にもますます注目が集まりそうです。

主な経歴

1971年
「信金開発株式会社」(現・アパ株式会社)を創業します。

1994年
アパホテル株式会社取締役社長に就任しました。

1997年11月25日
「信金開発株式会社」から「アパ株式会社」に商号変更し、グループ名も信開グループからアパグループに変更します。

2001年
法政大学人間環境学部入学。

2005年
法政大学人間環境学部卒業。

2006年
早稲田大学大学院公共経営研究科に入学し修士号を取得、同年博士課程に合格。その後、博士課程を修了したとされています。

主な著書

  • 「強運 ピンチをチャンスに変える実践法」(2017年12月16日/SBクリエイティブ)

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